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大阪高等裁判所 昭和47年(行コ)8号 判決

控訴人 東税務署長

訴訟代理人 高橋欣一 中山昭造 ほか六名

被控訴人 水田平蔵

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  被控訴人の請求原因1ないし3に記載の事実は、被控訴人の営業場所の点を除き、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件更正に被控訴人主張のような違法があるかどうかの点について判断する。

1  請求原因5ないし7に記載の禁反言の原則違反・比例原則違背・税務訴訟の審判対象及び判断資料・調査に基づかずになさ

れた違法に関する各主張について

右各主張に対する判断は、原判決理由記載の判断説示のうち、関係部分(原判決二〇枚目裏一〇行目から二三枚目裏一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。

2  本件更正額の認定について

(一)  被控訴人は、控訴人が昭和三七、八年分の所得の認定の際、被控訴人の記帳を採用しないで、その記帳意欲を喪失せしめ、結局被控訴人の記帳慣行を廃せしめたものであるから、推計課税によることは許されないし、かつ、控訴人が被控訴人提示の昭和三七、八年分諸帳簿及び収支内訳明細書並びにこれに基づき推定作成した昭和三九年分収支内訳明細書(〈証拠省略〉)により、被控訴人の所得を十分推計し得たにもかかわらず、これらを無視して訴外塩見悦子(以下、塩見という)の損益計算書(〈証拠省略〉)等から右所得を推計したのは違法である旨主張する。

しかしながら、原審における被控訴本人の供述によると、被控訴人が昭和三九年分の記帳をしなかつたのは被控訴人主張のような事由によるものではないことが窺われ、また、被控訴人主張の前記収支内訳明細書(〈証拠省略〉)では所得の実額把握は到底不可能であつて、被控訴人が控訴人に所得の実額把握について協力したことの認められない本件においては、控訴人は被控訴人の昭和三九年分の所得について推計課税によらざるを得ない必要性があるというべきであるから、被控訴人の右主張はいずれも理由がない。

(二)  推計課税は、所得金額又は損失金額の実額が把握できない場合に、推計により得た蓋然的近似値を一応真実の所得金額又は損失金額と認定して課税する制度であるから、納税者と対比すべき同業者の事業規模は、当然納税者のそれと細部の点に至るまで完全に一致する必要はなく、その主要な点において、例えば、本件のような食堂経営者にあつては、営業場所(立地条件)・営業(客席)面績・店内設備・従業員数・販売品目・販売価格・仕入金額等の点において、類似しておれば足りるものであり、なお、同一地区で他に正確な資料を有する同業者のない場合には、青色申告者のような資料の正確性の認められる同業の一業者だけと対比することも許されると解するのが相当であるところ、〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨を綜合すると、

(1) 同業者の選定

控訴人は昭和三九年における管内の青色申告にかかる食堂経営者一二名のうちから、被控訴人と専門の異なる業者(洋食・中華料理・そば・うどん・レストラン)を除外したところ、塩見一名だけとなつたので、塩見を被控訴人の同業者として選定したこと、

(2) 営業場所(立地条件)・営業(客席)面積・被控訴人は昭和三七年一月から大阪市東区高麗橋二丁目二七番地において「よし富」の屋号で営業面積一〇坪(三三m2)の大衆食堂を経営し、塩見も昭和二六年頃から同区平野町二丁目一一番地において「蜂の巣」の屋号で営業面積約一二坪(三九・六m2)の大衆食堂を営んでおり、右両店舗は通りを三つ隔てた近所にあつて、ともに百貨店三越大阪店に近く、かつ、大阪船場のビズネス街の中心にあること、

(3) 店内設備

被控訴人の店では、四人掛と二人掛のテーブル各三個宛のほか、四人用座敷席三個を有し、塩見の店では、四人掛テーブル七台、二人掛テーブル一台を有し、ともに計三〇人を収容できること、

(4) 従業員数・顧客の質・経験年数・営業時間

被控訴人の店では、昭和三九年当時平均五名、うち一名は男の板前、二名は家族(妻・三女)であつたのに対し、塩見の店では、五名、うち一名は家族(夫)であつたこと、昭和三九年当時、被控訴人は開店後僅か三年目にしかならなかつたものの、従業員中に材料の仕入・調理等に通じた男の板前一名がいたのに対し、塩見は開店後既に一三年に及んでいたものの、従業員中に板

前はいなかつたこと、ともに殆んど付近の会社員が顧客であつたが、塩見の店では殆んど固定客であつたこと、被控訴人の店では、正午前から夏場は午後七時、冬期は六時まで、塩見の店では、午前一一時半頃から午後八時頃までであり、ともに出前はしていなかつたこと、

(5) 販売品目・販売価格

塩見の店では、玉子丼一〇〇円、天丼一五〇円、親子丼一〇〇円、焼飯一〇〇円で販売していたのに対し、被控訴人の店では、玉子丼一三〇円、天丼一五〇円、親子丼一五〇円、焼飯一三〇円で販売していたが、ジユース・ビール等はともに同価格で販売していたこと、なお、被控訴人の店では、塩見の店で取扱つていない「うどん五〇円」「そば五〇円」等の麺類その他和定食等も販売していたこと、

(6) 仕入金額(昭和三九年)

被控訴人の店では、二七二万三、九八三円であるのに対し、塩見の店では、二九九万七、五二五円であること、

(7) 営業用電気・瓦斯・水道料金(昭和三九年)

被控訴人の店では、合計一七万八、九九〇円と計上しているのに対し、塩見の店では、合計一七万三五〇円と計上していること、

が認められ、以上の事実によると、塩見は被控訴人と同規模・同程度の極めて類似した同業者であると認めるのが相当であるから、塩見の営業における差益率・一般経費率に基づいて、被控訴人の昭和三九年の所得を推計することは合理的であるといわなければならない。

被控訴人は、被控訴人の店は、客席の配置不良、一品の最低価格が五〇円程度であること、固定客のないこと、経験年数の少いこと等のため、差益率が低く、塩見の店とは類似していない旨主張するけれども、大衆食堂においては客席の配置不良や固定客のないことは利潤の低下につながるものとはいえず、販売価格の安いものは通常その仕入価格も安く必ずしも薄利とは限らないし、また、被控訴人の店では従業員中に男の板前一名がいて、材料の仕入・調理等に当り経験年数の不足を補つていたことが窺われるから、被控訴人の右主張もまた理由がない。

そして、被控訴人の昭和三九年における仕入金額(売上原価)が二七二万三、九八三円であることは当事者間に争いがなく、控訴人主張の被控訴人の同年の雇人費が一八万円、事業専従者控除額が八万六、三〇〇円であることは被控訴人の明らかに争わないところ、〈証拠省略〉によると、塩見の昭和三九年の売上金額は五一一万八、八八九円、差益金額は二一一万九、八四四円、一般経費額は四九万九、六五八円であることが認められ、右各金額により算出した塩見の同年の差益率は四一・四%(差益金額2,119,844円、売上金額5,118,889円)、一般経費率は九・八%(一般経費額499,958円、売上金額5,118,889円)であつて、右差益率は控訴人主張の実調率(平均差益率)を五%余りも下廻ることが明らかであるから、塩見の右各率に基づいて、被控訴人の昭和三九年の所得金額を推計すると、次のとおり一二〇万二、六〇六円となることが計数上明らかである。

(1) 売上金額 四、六四八、四三五円

売上原価 2,723,983円÷(1-差益率0.414)= 売上金額4,648,435円

(2) 一般経費 四五五、五四六円

売上金額 4,648,435円×一般経費率9.8% = 一般経費455,546円

(3) 所得金額 一、二〇二、六〇六円

売上金額 4,648,435円-売上原価2,723,983円-一般経費455,546円-雇入費180,000円-事業専従者控除額86,300円 = 所得金額1,202,606円

(三)  したがつて、本件更正は、右所得金額の範囲内でなされたものであつて、他にこれを取消すべき瑕疵も認められないから相当であるといわなければならない。

三  してみると、本件更正及びこれに基づく過少申告加算税賦課決定には何らの違法もなく、その取消を求める被控訴人の請求は理由がないから失当であるというべきである。

四  以上の次第で、被控訴人の請求は棄却すべきところ、これと趣旨を異にする原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により原判決を取消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増田幸次郎 仲西二郎 三井喜彦)

【参考】第一審判決(大阪地裁昭和四一年(行ウ)第六五号 昭和四七年三月二二日判決)

主文

一 被告が昭和四〇年七月三一日付でなした原告の昭和三九年分所得税につき、その総所得金額を一〇〇万五、五〇〇円、所得税額を一〇万六、〇〇〇円とする更正のうち、総所得金額につき、五六万三、〇〇〇円を超える部分、所得税額につき総所得金額を五六万三〇〇〇円として算定した税額を超える部分並びに過少申告加算税四、五五〇円の賦課決定のうち、右税額の超過部分に相当する部分はいずれもこれを取消す。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一 請求原因1ないし3に記載の事実については、原告の営業場所及び昭和三九年分の申告所得税額が二万八五〇円、同更正所得税額が一一万二、〇〇〇円であるとの点を除きその余の事実については当事者間に争いがない。

二 そこで、以下原告主張の本件更正処分の違法事由の有無について順次判断する。

1 請求原因5に記載の禁反言の原則違反の主張について

原告の主張によれば「従前の昭和三七、八年分の所得額を定めるにあたつて採られた方法は、原告が営業につき記帳していた原始記録にもとづき算定した所得金額を被告において信用せず双方とも合理的な根拠もないまま一応経営の実態前年分の確定所得税額、経済界一般の所得の伸び率等を参考に妥協によつて所得額を定めていたもので、いわば被告の行政指導により営業状態に変化がない限り、双方協議によつて前年分所得金額に所得の伸び率を考えて若干上積みして所得を確定する慣行が確立していた」というのであるが〈証拠省略〉によると原告は昭和三七年一月本件の食堂経営をはじめたもので、昭和三七年分の所得の確定申告にあたつて、自家用消費量と営業用消費量とむ判然と区別し得る記帳がなされていなかつたため、原告としては一応十分な記帳がなされていると考えていた帳簿類にもとづき算定した所得額四四万円余を所轄税務署係官に認めて貰えず、話合の結果、総所得額五二万五〇〇〇円とすることに落付き、右金額を以て確定申告し、又昭和三八年分についても記帳をなし、右記帳によつて収支計算した結果総所得金額は四一万七〇〇〇円程であつたが前年の例もあり右金額を以て確定申告したのでは到底認められないと原告において考えて、原告は税務署係官の指導をうけることなく自発的に前年度の確定申告額に上積みして総所得金額を五四万円余として確定申告し、更正をうけることなく認められたので、昭和三九年分については前年分の確定申告額に若干の上積みをして確定申告をすれば足りると考えて記帳をとりやめたというのであるから、右供述によつても原告主張の前記「上積み方式」が原・被告間の慣行として確立していたと認められず、他に、右慣行の成立を認め得る証拠はなく、仮りに、かかる上積み方式がとられていたとしてもこれを以て「納税指導」と呼ぶに値するものではなく、「租税の公平負担」の法理からみて合理性を欠き法律上到底許されるべきものとは言い難く、本件更正に相応する所得がある限り本件更正税額を納付すべきもので、右更正税額がいわゆる「上積み」妥協方式により算出される税額より高額であつたとしても、これにより原告がいわゆる「禁反言の原則」にもとづく信頼を裏切られ、手続的にしろ、実体的にしろ損害をうけたと言うことはできない。よつて、いずれにしても原告のこの点の主張は全く理由がない。

2 請求原因6に記載の比例原則違背の主張について

原告は、被告の本件更正処分の真意は原告をして従前の記帳慣行を復活せしめようとする点にあるから、かかる処分はその目的達成の手段として不適当であり、「比例原則違背」として違法である旨主張している。

しかしながら、本件更正が右の目的を以てなされたと認め得る証拠はないのみならす、被告は原告に本件更正に相応する所得が存する以上本件更正をなすべき法律上の義務を負うものであるから、いわゆる比例原則の適用される余地はなく、原告の主張は理由がない。

3 請求原因7に記載の税務訴訟の審判対象並びに判断の資料に関する主張について

更正処分取消訴訟の対象は、原則として、「更正処分で認定の課税標準額もしくは税額が実所得に相応しているか否か」であつて、而してその主張立証における攻撃防禦の方法は民事訴訟法第一三九条の制限を受ける場合は格別、口頭弁論終結時まで適宜調査、収集して提出出来るものと解すべきであり、従つてこの点に関する原告の主張も理由がない。

4 請求原因7に記載の「本件更正処分は調査に基かずになされた違法があるし旨の主張について。

国税通則法第二四条の趣旨に照すと、課税庁において全く「調査」をしないで恣意的に更正した場合は、その更正はこれを理由に取消し得るものと考えられる。

しかしながら、〈証拠省略〉を綜合すると、確定申告前とその後の昭和四〇年六、七月頃とに所轄東税務署の担当官であつた訴外錦武は、原告の昭和三九年分所得の調査のために原告方店舗を訪れ、その際原告方店舗の立地状況、店舗の大きさ、店舗内設備の状態、従業員数、客筋などを実地に確認し、又原告の仕入を証する原始記録(ただし完備されていなかつた。)等を調査したこと、そして右調査の結果に青色申告にかかる同業者の営業成績をも勘案して原告の所得を推計し、本件更正処分がなされたことが認められる。

従つて、本件更正は調査をなさずしてなされたという原告の主張も理由がない。

5 本件更正額認定方法および額の当否について

(一) 推計によること及び推計方法の当否について。

原告は、被告において原告の所得を推計により認定し実額に基き算定し得なかつたのは、被告が昭和三七、八年分の所得の認定にあたり原告の記帳を採用せず原告をしてその記帳意欲と慣行を喪失せしめたためであり(被告においてかかる行為をしながら、推計によることは原告をおとしいれるものである。)かかる場合推計は許さるべきでなく且つ又被告としては原告提示の昭和三七年分ないし同三九年分収支内訳明細書により充分その所得を推計し得たものであるから、これを無視して訴外塩見悦子の損益計算書(〈証拠省略〉)等からこれを推計したのは違法である旨主張している。

しかしながら(1)原告が本件係争年分の所得に関する記帳を欠いたこと(このことは当事者間に争いがない)は、何等原告の主張のような被告の責に帰すべきものでないことは原告本人の供述によるも明らかで、而して原告主張の前示収支内訳明細書によつては所得の実額把握は可能とは認められず、その他、右実額把握が可能となるよう原告の全面的協力もなされなかつた本件において、被告が推計により本件係争年分の原告の所得を認定したことは正当で、原告のこの点の主張は理由がない。(2)また、被告が原告の本件係争年分の所得の推計をなすにあたつては、担当係官錦武が前記認定のとおり原告の業態を実地に調査し、仕入伝票を検討し、その結果と同業者の差益率、一般経費率を斟酌し推計したもので、推計の方法としては一般的には肯認できるところである。

(二) 推計額の当否について

被告は、原告の申告にかかる仕入金額を売上原価とみなし、これに、実地調査の結果原告と業態が同程度の同業者であると主張する訴外塩見悦子の差益率、一般経費率を適用して、原告の本件係争年分の所得を推計するものである。

そこで訴外塩見悦子の差益率四一・四%、一般経費率九・八%(右の各比率は〈証拠省略〉によつて真正に成立したことが認められる乙第一号証によつて認められる)をそのまま原告のそれに採用することの合理性について判断する。

〈証拠省略〉を綜合すると、

(1) 原告は昭和三七年一月より大阪市東区高麗橋二丁目二七番地附近で「よし富」なる屋号で客席面積約一〇坪(三三平方メートル)の大衆食堂を経営しており、訴外塩見悦子も同区内の平野町二丁目一一番地で「蜂の巣」なる屋号で客席面積約一二坪(三九・六平方メートル)の大衆食堂を営んでいること。両店舗の位置は三つ程通りをへだてた距離にあり、共に百貨店三越に近く又ビジネス街の中心にあること。

(2) 店内設備の点では、原告の店舗では四人掛と二人掛のテーブル各三個宛又四人用座敷席三個を有し計三〇人を収容出来、訴外塩見悦子の店舗では四人掛テーブル七台、二人掛テーブル一台を有し、収容人員の点では原告のそれと同数の三〇名であること。

(3) 従業員数、顧客の質、経験年数、営業時間の点では、原告の店舗の四名に対し訴外塩見悦子の店舗は五名、開店後の年数の点をみると、原告は昭和三九年当時僅か開店後三年目にしかならぬのに対し、訴外塩見悦子は昭和二六年に開業し昭和三九年当時既に一三年に及んでいること、顧客は共に殆んで附近の商社の社員であつたが、塩見悦子の店舗では殆んで固定客であつたこと、営業時間は原告の店では正午前から夏場は午後七時冬期は六時頃まで、塩見悦子の店舗では午前一一時半頃より午後八時頃までであること、共に出前はしていなかつたこと。

(4) 販売品目、同価格の点については、訴外塩見悦子の店舗では玉子丼一〇〇円、天丼一五〇円、親子丼一〇〇円、焼めし一〇〇円で販売し、原告の店舗では玉子丼一三〇円、天丼一五〇円、親子丼一五〇円、焼めし一三〇円で販売し、従つて、丼物では天丼を除き三〇%から五〇%高額となつているが、しかしジユース、ビール等は同価格で販売されていること。

(5) 原告の店舗では訴外塩見悦子の店舗で取扱つていない「うどん五〇円」「そば五〇円」等の麺類その他和定食等も販売していること。

(6) 昭和三九年における原告の仕入金額が二七二万三、九八三円である(この事は当事者間に争がない。)のに対し、同年における訴外塩見悦子の仕入金額は二九九万七五二五円であること。

(7) 昭和三九年における営業用の電気、ガス、水道料金が、原告においては合計一七万八、九九〇円であると計上しているのに対し、訴外塩見悦子においては合計一七万三五〇円と計上していること。

以上の事実が認められ、右事実によると、一見、塩見悦子は原告と同規模、同程度の同業者で、従つて、塩見悦子の営業における差益率、一般経費率を採用して、原告の昭和三九年における所得を推計することは合理的であるように見受けられる。

しかしながら、右事実を検討してみると、右認定の(1)の事実については、たとえ同一区内の同様の環境下にあつても、近所に同業者があるか、又近隣の商店が従業員用の食堂設備を有しているかその他店内及び従業員の清潔度、味付の巧拙等の条件により、その売上が大きく左右されるものと考えられるところ、右の点については何ら主張立証されていないこと、右認定の(2)の事実については、客席の実効性の点からみると、原告の店舗に椅子席が少ない点から客の回転率は幾分低下するものと考えられること、右認定の(3)の事実については、同一場所における開業期間の長短に応じて訴外塩見悦子の店舗は原告の店舗に比して固定客をふくめ全体として顧客が多かつたと考えられること(従つて、仕入金額も多かつたことは前記認定のとおり)、右(4)の事実については、一見すると、原告の店舗の利潤率が訴外塩見悦子の店舗における利潤率より高いように見受けられるけれども、両店における丼物がその量、品質、売上数量の点においても同一であることを証する証拠はなく、従つて原告の売価が訴外塩見悦子のそれより三〇%から五〇%程高いということは原告が訴外塩見悦子に劣らぬ利益をあげていることを立証し得るものではないこと。右認定の(5)の事実については、原告が麺類その他和定食等をも販売している事実は、何ら後記認定の訴外塩見悦子の利潤率が原告より、より高いであろうとの結論を覆えし得るものではないこと、右認定の(6)の事実については、訴外塩見悦子は原告よりも仕入金額で二七万三、五四二円(原告の仕入総金額の約一〇%)多く、更に塩見悦子の店舗の営業年数が原告(二年)のそれより六倍以上長い点を考慮すると、右金額で仕入れた商品の晶質、量の点では二七万三、五四二円の金額以上の差があり、従つて総利潤も右仕入金額(費用額)で比較した較差一〇%以上に原告より多額なものと推測されること(従つて、費用金額の差以上に総利潤額に差があるので利潤率は訴外塩見悦子の方が原告より大と考えられる。)、右認定の(7)の事実については、〈証拠省略〉によると、原告の営業用光熱費等は、電気、ガス、水道の各支払料金中それぞれの七〇%、五〇%、六〇%を営業用として計上した金額であることが認められ、訴見塩見悦子の営業用光熱費等は、被告の主張によると九三・四二%が営業用であるとして計上されたものであるから、営業用と家事用との各区分の比率が、原告、訴外塩見悦子において大差があり、しかも双方とも各比率の定め方につき首肯させるに足るものが認め難いこと、以上彼此勘案すると、前記認定の(1)ないし(7)の事実から訴見塩見悦子の営業における利潤率、一般経費率が原告の営業におけるそれと近似しているとは、いまだ認め難く、塩見悦子の営業における利潤率、一般経費率を以て本件所得の推計資料となすことは相当と言い得ない。(一般的に言つて、僅かに同業者一例を以て推計の資料とすることは、推計の合理性の裏付けとしては十分とは言えない場合が多いと考えられる。)

(三) そうすると、右塩見悦子の営業における利潤率、一般経費率により推計した被告主張の原告の所得金額はこれを容認し難く他に原告にその申告にかかる所得金額を超え本件更正にかかる金額までの所得があつたと認めるに足りる証拠はない。

よつて、本件更正ならびに過少申告加算税賦課決定は違法であるから取消さるべきであり、右取消を求める原告の本訴請求は正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上三郎 矢代利則 弓木竜美)

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